Shigetoshi Higashino
Designer / Film Director
#003
Nov. 2019
重心はそこにあるか
01
Column
MasaruAoki
Director
TomoeSakai
Production Director / Planner
「重心移動」。体の動かし方に対して使われることが多いですが、心にも重心はあるように思います。
例えば、長期の旅行から帰ってきて日常に戻ったときに、どこかふわふわして集中できないのは、心の重心がまだ旅先に傾いているから。
また仕事においても、なんとなく不安を抱えたまま進んでいるプロジェクトは、さながら腰が引けた状態でスキーをしているような感覚になります。
モノづくりに関わる私たちとしては、届け先であるユーザーの心の重心を捕まえてコンテンツに引き込むのはもちろんのこと、作り手側がプロジェクトにしっかり重心を乗せてドライブできるか、制作中の気持ちの運び方も大切になってきます。
今年の初めに弊社がサイネージの制作で参加した「NHK平成ネット史(仮)展」は、平成に大きく発展したインターネットの歴史を、平成の終わりに振り返るという趣旨の比較的大型な体験型イベントでした。
担当ディレクターの青木曰く、「ただ壁に年表が貼ってあって、それを眺めるだけじゃつまらない。いかに『自分ごと化』してもらうかがテーマだったから、そこに沿うように設計すべし、という認識は関係者全員が持っていた。」
ハイスピードで進んでいたネットの歴史は、ネットを使っていた時期によって刺さるポイントが人それぞれ違うはず。展示では、ユーザーの年齢や性別によってコンテンツを出し分けるなど、全世代、全性別が分け隔てなく楽しめるような設計にし、イベントの体験フローに合わせてユーザーの心の重心を動かす工夫を取り入れました。
また大型イベントともなると、制作を考える人と作る人に分断して進行することが多々ありますが、情報や意思決定が一方通行になればなるほど、関係者個々の重心のかけ方はバラバラになってしまいがちです。そのためコンテンツのプランニングと並行して、作り手側も同じ重心で一緒に動けるような「準備体操」も行われました。
「プロジェクトの最初に、まず代理店含めみんなでやったのは、約30年間のインターネットの歴史をホワイトボードに書き出したこと。『そういえばギャル文字ってあったよね』とか、『イルカを消す方法※』とか。そうやって書き出したものから年表を整理していって、実際にデジタルサイネージで体験できるものを選定していきました。」
※イルカを消す方法…かつてExcelなどのMicrosoft Office利用時に画面上に登場したユーザーサポートシステム。
社内の制作フェーズにおいても、チーム個々人の重心をいかに動かすかはディレクターの腕の見せ所。「常に新しいチャレンジができるようにしてあげたい。」と話す酒井は、先日、去年に引き続き2回目の「NONIO ART WAVE」プロジェクトに参加し、声を使ったボイスペインティングができる「NONIO VOICE PAINTING」の制作をディレクションしました。
「チームの担当デベロッパーが個人制作でアート寄りのものを作っていることを知っていたので、『声でどんな作品を生み出すか』というアウトプットのデザインは、デザイナーではなく彼に作ってもらったんです。代理店から送られてきた大量のイメージを整理して、世界観や演出を作って提案しました。」
制作期間とのせめぎ合いはあるものの、各メンバーの色を引き出すことは、結果的に制作物のクオリティをあげることにもつながります。
「誰かに言われた通りにやるのって、SONICJAMの人はそもそも好きじゃないと思うんですよね。」
Photo by chuttersnap on Unsplash
走るときに重心を前に意識すると、スピードが速くなる上に疲れづらくなります。また先月のW杯で日本を沸かせたラグビーも、選手たちが相手を交わしながらの鋭い切り返しができるのは、次に行く方向に向けて素早く重心を傾けているからに他なりません。
制作チームがONE TEAMとなって進む方向に重心を傾け、トライを目指すこと。そうやってはじめて、観客=ユーザーの心の重心も一緒に動かすものづくりができると考えています。
AkikoNegishi
Copywriter / Planner
02
Featured Project
渋谷ヒカリエで行われた体験型イベント「平成ネット史(仮)展」のデジタルサイネージコンテンツを開発。体験者は会場入り口で顔写真の撮影を行い、ハンドルネームと性別と年齢を登録。登録された性別と年齢に合わせて「インタラクティブ年表」の内容を変化させ、体験者の当時の思い出を表示します。撮影した顔写真や登録したハンドルネームもコンテンツに反映し、体験者自身が年表内に入り込むような体験ができるようにしました。
ライオンのオーラルケアブランド「NONIO」が開催したイベントにおいて、自分の声で絵が描けるコンテンツを開発。声の大きさや高さ、長さで図形を変化させながらペイントした作品は、「NONIOマウスウォッシュ」のラベルとしてその場でプリントし、オリジナルボトルとして持ち帰ることができます。2018年に引き続き、2019年も表参道にて展示をおこないました。
「平成ネット史(仮)展」に引き続き、青木が担当したイベント。NHKが毎年開催しているスポーツ総合イベント「Nスポ!」において、世界の様々な国・地域の応援スタイルを覚えて、楽しい応援動画を撮影できる「世界を応援しよう!応援体験コーナー」のデジタルサイネージコンテンツを開発しました。
03
Editor’s Note
最初の方にスキーの例を出しましたが、何を隠そう、未体験の仕事に腰が引けてしまうのは私です。しかし腰を引いてしまうと、重心が後ろに乗ってしまって、自分のやる気もプロジェクト自体も制御不能になってしまう。その途端、幼い頃に味わった、スキー板が急斜面を上滑りしていくあの恐怖と焦りの感覚がじわりと心に迫ってくるのです。
ヒェッとなりながらも、「これじゃいけない」と重心を思い切って前に持っていくのですが、それは結果的に自分自身の動きやすさに繋がっているのかもしれない。そう考えて生まれたのが、今回のコラムです。よく“ムーブメント”や“グルーヴ”と言われることもありますが、つまりは心に重心が乗っているか、乗っていないかの違いではないかと。
きちんと自分の体の重心を意識したのは、大人になってヨガを習い始めてからのことでした。「一本の糸で天井から吊るされているように、頭から足の先までまっすぐー…。腰骨を立て、その上に背骨を一つひとつ積み上げるように伸ばしー…お腹の奥に力を感じてー…。」ヨガの先生がよく言うこのフレーズの“お腹の奥”が重心。修行が足りない私は、意識しないと重心が体の中でふわっと消えていってしまいますが、体の重心も心の重心も、まずはイメージしてきちんと居場所を捉え、把握することが重要。体の動きというのは、結局は脳からの指令が司っているものなので、「重心を前に移動する」という動き一つとっても、イメージを体に移すことから始まると思うのです。
その練習を積み重ねていくと、やがて次のアクションに備えて動きやすい方へと重心を無意識に操ることができるようになるはず。「やる気」なんて出さなくても、すっと入れるようになるのではないでしょうか。身も心もフットワーク軽くいきたいものですね。
(筆:Negishi)